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広告ディレクターの馬場マコト氏による、昨年出版された「戦争と広告」にも登場した、花森安治の足跡をたどった伝記小説です。
私はこの1冊を読むまで、花森という人のことを知りませんでしたが、「暮しの手帖」創刊時からの編集長として有名な文化人だったようです。「戦争と広告」での主人公、山名文夫のことも本を読むまで知らなかった私は、広告業界にいながら無知な奴であると、あらためて思いました。現役の広告マンのこともよく知らないし、あまり興味もないのですが。

さて、著者の馬場さんとは、幸運なことに何度か一緒にお仕事をさせていただいたことがありますが、さすがにしっかりと芯の通ったクリエイティブをされる方です。大先輩の仕事ぶりを見るだけで、広告制作の面白さと厳しさを教えられる感があります。
その馬場さんがいま、さらに先建クリエイターたちの生き様について振り返り、著作として発表されるのは、広告とか出版とかの業界にいる後輩たちへ伝えたい、強いメッセージであると思っています。広く一般の人が読んでもおもしろく考えさせられる本だと思いますが、やはりメインターゲットはそこでしょう。

あとがきで、今はきな臭い世の中になってきているが、戦争は決して起こしてはいけない、なぜなら戦争が起これば嫌だと思ってもそれに加担せざるを得ないから、というように書かれています。
平和な世を生きて来た私達が、そんなことはないと思っていても、花森の生涯を見ればわかるだろうと、つきつけてきます。もともとリベラルな思想の持ち主であった花森が、戦争を鼓舞するのための宣伝に尽力した。そのあたりのメッセージ性は、前作の山名文夫の生きざま以上に明確に伝わって来ました。
戦争というものが人間に与える影響の大きさ。それは体と心に刻まれる、完治することのない大きな傷です。もちろん、その時代に生きる人は、それなりに幸せや充実などを覚えることもあるでしょうが、自由を制約された中での幸福は、真の幸福ではあり得ないものです。
自然災害や人的災害も、同じように人間に不幸をもたらすということを、今年私たちは再認識させられたわけですが、戦争というものは避けようのない災害ではなく、人間の意志によって起こされる不幸である、そこが根本から違うのです。

民主主義は、民衆のための思想である、しかし民衆は、時代に流されるものである。戦前から戦中の世の中に流された花森を、戦後の全共闘時代に流された馬場さんが語ると、非常に説得力があります。
私は子供のころに左翼活動家たちのレジスタンスに憧れの目を向け、革命家になりたいなどとも思いましたが、一人で行動できる齢になった時には、そうした空気は社会になくなっていました。なんとなく、体制には騙されないぞ、資本主義には躍らされないぞ、という意志だけをもちながら、それを行動で示すような場がありませんでした。私は、時代の喪失感に流されてきたのかもしれません。
その間にも、民衆は経済中心に流されてきました。日本列島改造計画、バブル経済、小泉構造改革(新自由主義経済)。そんな中で危うく育ってきたのが、原発依存のエネルギー政策だったり、偏向した愛国心や国粋主義だと思います。また、今の反原発の潮流にしても、本当にライフスタイルを根本から変える気がなければ、一過性で終わってしまうでしょう。
戦後66年経って、結局のところ理想の世界などまったく実現していない、その方向さえ定まらないのは不思議とすら思えます。いまこそ、次の世代へとつなげるための、民衆の意識を変えるための、優れた思想とそれを広めて告げる広告が必要なのかもしれません。
花森の「暮しの手帖」もそうした民衆の意識を変えるための一運動でしたが、もっと大きなものを作ろうではないかと、馬場さんもそこまでのメッセージを送ってきたのではないでしょうが、そこまで行って欲しいですよね。いや、誰にもなんの影響力もない(悲しいかな行動力もない)私などは、残念ながら他人事のようにしか言えないのですが。
広告人だった山名文夫は、クライアントがあって作り発信し続けた。出版人となった花森安治は、広告を取らずに読者のために作り発信し続けた。この違いがなにより大きく、馬場さんは広告人ですが、小説家という自己表現者でもあるわけで、「戦争と広告」の派生続編ではない、対象的な生きざまを描かずにいられない動機となり、自らの想いを世に問おうとしたのかなと思いました。

そんなふうに問われれば、とても意義のある1冊でした。白水社の刊ということで、どれだけ発行されたか分かりませんが、力のある広告人、出版人の多くに届けばと思います。でも、発売日の朝に汐留の電通本社ビルの下の本屋に行ったのですが、見つからなかったのですよ…。

白水社の本書紹介ページ


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