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つばめろま〜なから、なにかを知りたい貴方へ。
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「花咲家の人々」村山早妃(徳間文庫)

作者の本は家人が好きでたくさん揃っており、以前から薦められていたのですが、私が読むのはこれがはじめてとなります。
植物と心を通わせて、動かす力を持つ家族の話。これくらいならばネタバレにならないでしょうか。そんな設定よりも、祖父、父、長女、次女、末っ子の男の子と、それぞれが体験し感じ想うことが大切に描かれた、不思議だけれど、胸に染み入るような物語でした。

次女のリラ子がいちばん存在感がありましたが、女子高生なのに媚とか萌が感じられない、なんともサッパリと気持ちよい少女(という言葉も似つかわしくない)です。ついでに理論派の彼女が中心にいることで、他の人たちの少し不明瞭な想いや行動も収まりがつくようにできているようです。
ラジオや怪盗や子猫やクリスマスといったイメージが、物語を鮮やかに彩っています。どこかレトロな商店街が懐かしさを感じさせ、植物園も出てきて、私が植物園の近くに住んでいるだけにイメージが大きくふくらみました。
キャラも生きていてきっと続編も書かれるのでしょうが、4編の想いがラストでつながり、一冊として見事に纏まっていますので、読了感はしっかりしたものでした。

私には児童文学らしく丁寧な文体が、ちょっと読みにくい感じではありました。読み進むうちに慣れましたが、リズム感が合わなかったのでしょう。流して読むことができなかった分、言葉の一つ一つが頭に入ってきていたような気もします。やはり丁寧に書かれていると思います。

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「第二音楽室」佐藤多佳子(文春文庫)

学校を舞台に、音楽する少女を描いた短編集。鼓笛隊でピアニカを吹く小学生、音楽の授業でデュエットを歌う中学生、リコーダーカルテッドの中学生、軽音部でバンドをやる高校生。それぞれの年代の子どもたちの心情が、音楽という行為を通すことで際だっています。音を楽しみながら他人と接することで感じる、痛さ、甘さ、苦しさ、悲しさ…それを糧に確実に成長する年頃。実に清々しいと思うのは大人だからですが、切ない懐かしさを覚えます。

いずれも珠玉の4編の中でも印象深いのは、ラストの「裸樹」。一度傷ついた心が音楽をより所として自然に僅かずつ癒されていく姿、軽音部のバンドを中心に展開するドラマの中で主人公の痛みや不安が伝わってきたので、最後は感動的でした。
音楽を感じると言うことでは、「FOUR」が良かった。リコーダーの音が聴こえてくるような。他人とアンサンブルするというのは、音楽ならではのおもしろさだと思います。そこにまだ幼い恋心が絡んで、楽しい話になっておりました。

佐藤多佳子作品は、出るたびに読むというほどではなく、時々の出会いのように何冊か(それでも半数近いようです)読んできたのですが、いつも鮮烈な印象を与えてくれます。最初に刊行された「サマータイム」も音楽する少女の物語だったと思いますが、子どもが決して天真爛漫ではなく、悩み傷つく人間であると描くのが、二四年組からの少女漫画を読みあさっていたということもあるのか、とても共感できるのでした。

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「猫返し神社」山下洋輔(飛鳥新社)

その暴力的ともいえるほどのパワーとパッションあふれる演奏で世界のフリージャズ史に燦然と名を刻んできたピアニスト・山下洋輔の、デレデレな猫生活を綴ったブログをまとめた本。文章だけでなく写真もたくさんあるので、情景をリアルにイメージできます。
ふだんの洋輔氏はダンディーな姿、ピアノもパワーだけでなく繊細で煌びやかな演奏が同居する、二面性のある方ではありますが、ここまで猫の下僕生活を長年にわたって送られていたとは、さすがに驚愕でありました。

猫が大好き、でも自分の家で飼ったことがなく、猫との共棲に憧れ続けてきた私にとって、これほど猫の本性を教えてくれる本は貴重でした。飼いたいという気持ちが大きくなる一方、人と似て難しいものだなという不安も。生き物を飼うには、それ相応の覚悟が必要とはわかっているところですが、ただデレているだけのように見えながらも現実を突きつけてきます。
一匹ごとにまるで異なる個性、それを理解してつき合い方を変えながら、お互いの信頼関係を作り上げ維持していくのは、きっと楽しく幸せなことでありましょう。言葉や文化を共有する人間同士以上に、素直な気持ちで向き合わなければならないのでしょう。
猫とともに暮らしてきた人とそうでない人の人生には、明らかに違いがあるような気がします。それは自分の周りの人からも感じられることではありますが。

ジャズメンのことを米国では「キャッツ」と呼ぶというのははじめて知りましたが、気まぐれながらなにをやっても愛すべきこの生き物、ジャズのしなやかな即興精神にふさわしく、よくも呼んだものだと感心しました。
いかついサックスプレイヤーの林栄一もたくさんの猫たちに囲まれているということ、真剣な表情で吹く彼の時折見せる笑みが、そういえば猫っぽいと思ったり。

最後に、長年連れ添ってきた愛猫のひとりを亡くした洋輔氏が、猫本家の方に言われる言葉が印象的でした。また子猫が欲しいと考えたけれど、私たちの方が先に逝く可能性が大きいからやめた、ということ。
私も猫を飼うなら今しかないかと思うとともに、古希を超えられた洋輔氏のピアノも、今一度ライヴで聴いておかなければならないなぁと思うのでした。

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「ビブリア古書堂の事件手帖(5)〜栞子さんと繋がりの時〜」
三上 延(メディアワークス文庫)

物語が進み出して、不穏なミステリー色が増してきたというところ。初期のように古本への造詣と人間ドラマを気軽に楽しんでいれば良いという感じではなくなってきました。それが古本にまつわる事件にも、二人の恋にも密接に関わっているので、厚みになっているのは確かです。私があまりミステリー分野に馴染みがないので、少し戸惑っているというところです。
本巻で主に取り上げられた本は、彷書月刊は置いといて、手塚治虫と、寺山修司の作。

手塚の「ブラックジャック」をめぐる話は、10代(正確には中学3年)から様々なマンガを読みあさってきた私にとって、かなり身近なものでした。作中のコレクターは私よりも少し後輩になりますが…その世代が年輩者として描かれているのはちょっとショックが…、時代の雰囲気が懐かしさを感じさせます。
ただ、少年漫画、少女漫画、青年漫画など濫読してきた私ですが、手塚作品にはあまり触れてなくて、まともに読んだのは「三つ目がとおる」(全集版)くらい、すでに絵の古さや感性の違いで敬遠したのと、私のマイナー指向もあったのかもしれません。なので、「ブラックジャック」も子どもの頃に雑誌掲載の話をいくつか読んだ程度の記憶しかありませんでした。
この本を読んでも、漫画家としての姿勢や出版の事情などは興味深かったですが、あらためて「BJ」や手塚作品を読みたいという気にはならず。最後の謎である本を買った店のことも容易にわかってしまったので、ちょっと物足りない感はありました。栞子さんにも親友がいたんだということの方が、興味深かったという一話でした。

やはり20代の頃に小劇場演劇を観に通っていた私にとって、寺山修司というのも偉大な名前です。ですが、興味はあっても彼の著書も映画も演劇も見たことなく…。うまい出会いがなかったということでしょう。ちょっとしたタイミングが、人生を左右するものです。ビブリアでも、ちょっとしたタイミングによって事がはじまるような話が多いですね。古本屋というのは特に、その時に立ち寄った古本屋の棚にたまたまその本があったから買う、という一期一会の場所であるから当然のような気もします。
この章では、本の蘊蓄よりも寺山の作中に出てくる言葉が物語を深める印象的な道具として使われていた感じでした。はじめて、目的意識を持って本の謎解きに挑むという図式からも、転換点なのかもしれません。話も少しばかり後味の悪いものだったし、栞子お母さんの登場、そしてラストのできごと…とても不吉なムードで次巻に続いていきました。この展開で寺山修司を持ってきたというのも、計算尽くなのでしょう。

せっかくの栞子と大輔の接近も、動き出した物語の渦の中に飲み込まれてしまう、それは残念でもあり、楽しみでもあり。栞子さんがいかに母の呪縛から解かれ、自分の道を歩いて行けるかという主題が明確になってきたようです。その中で大輔くんの役割もとても大きくなるはずなので、ラブストーリーとしても展開も興味深く、見逃せないところです。
一番の謎は、お母さんがなにを考えて行動しているのかというところですが。これは最終巻までに明らかにされるのを待ちたいと思います。

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2013年8月11日、武井裕之・大槻香奈二人展「いつかまた会える夏に」。

最終日に訪問。(会期:2013/8/3〜8/11)
はじめて大槻さんの絵を見たのが2008年、同じギャラリー「北鎌倉小舎」でした。今でこそ本の装画などを目にしますが、それまでまったく知らない画家さんで、初見ですっかり虜になったのです。その後、東京のギャラリーでの個展にも2度ほど足を運んでいて、この時が4度目の邂逅となりました。この日はご本人とも少しお話しできたのが嬉しく。そして5度目の機会もすぐにやってきました。

2014年1月29日、大槻香奈個展「生処に帰す」。

場所はThe Artcomplex Center of Tokyoの、100坪もある地下ホール。(会期:2014/1/14〜2/9)
60点もの作品を鑑賞できる貴重な展覧会でした。震災前の絵と震災後の絵を分けて展示したということで時系列的な変遷がわかり、また現在の表現の多彩なバリエーションを目にできるのも興味深いものでした。大作から小品まで、絵だけでなく立体を使った作品も目を引きました。

大槻さんはずっと少女をモチーフにした絵を描かれています。少女絵ばかりを描く画家やイラストレーターや漫画家はごまんといますが(アマチュアも入れるなら私もその一人で)、大槻さんの描く少女はきわめて特異です。
正統的に美しく可愛らしく具現化された少女の姿で、下品だったりグロテスクだったりするわけでもないのですが、清純とか青春とか思春期とかいう言葉で記号化できない奥深さを持っているように見えるのです。
北鎌倉小舎での二人展で、同じく少女をモチーフに撮り続けている武井氏の写真と並んで掛けられたり、写真プリントに描き込まれてコラボされた少女の絵を見ると、写真よりも生々しい存在感があるのに気付きます。武井氏の作品が写真なのに生々しくないということもありますが…。
生々しいというと、エロスとか情念とかを思い浮かべますが、それも違います。生きることでの人それぞれの想い、でしょうか、それこそが大槻さんならではの世界。

大槻さんの、同じ構図でたくさんの少女のポートレートを描いたシリーズがありますが、表面的なキャラクター付けでなく、一人ずつまったく違う人格が描き出されていて面白いのでした。それだけに、見る方の好みもはっきりします。この女の子の絵は欲しいけれど、こっちの子はいらない、みたいな。そこが珍しい気がします。
最近の絵ではリアルな少女画とは別に、極端にデフォルメされて萌えチックな少女たちの漫画絵も見られます。ネットで検索すると、そのタッチの絵で描かれたかわいらしい漫画作品も出てきます。これが、絵画作品とは正反対で一人一人の個性がまったく表われない、総体としての少女になっていて驚かされました。

大槻香奈さんの絵を論じようとするならば、彼女の作品への想いなどが綴られたコンテンツや、作品を評した人の文章もネットでたくさん出てきますので、そこからとても興味深く探っていくことができます。
でも原画を前にすると、言葉では言い表せない部分がたくさん伝わってきます。そして、5年以上見てきましたが、毎回新たなテーマを持ってチャレンジし続けていることに気づきます。少女というわかりやすい美を表に出しながら、濃密でメッセージ性の深い作品を描き続ける大槻さんの絵を見ていると、表現を志す者として得るものがとても多いのです。

大槻香奈web

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長年、同人誌で創作漫画を発表してきましたが、本当は小説が主な表現手段。職業はコピーライターで、趣味は楽器を鳴らすことなど。
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