つばめろま〜なから、なにかを知りたい貴方へ。
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「ビブリア古書堂の事件帖 栞子さんと奇妙な客人たち」
三上延(メディアワークス文庫)
普段ならばライトノベル系文庫本のベストセラー作品というだけで、読むことなく終わるのでしょうが。最近、鎌倉を舞台にしたマンガとかアニメとか多くて、地元人間としてはそれだけでも楽しめたりするので、北鎌倉の古書店を舞台にした小説なら読んでみるかと、古本屋で手に入れました。
さて読んでみれば、鎌倉と聞いていたけれど、私にとってはもっと地元な大船を舞台にした話ではないか!と驚き。
店のある北鎌倉駅脇の道、山の中腹にある大船高校、健診を受けたことのある大船中央病院、買い物で通る主人公の家のあるあたり、前に住んでいたアパートに近い小袋谷の寺(ここだけ実際の地理とは違うように改変されてましたが)、などなど、お馴染みの場所だらけです。ちなみにこの本を買ったのも、病院と同じ街区にあるブックオフです。
いちいち情景がリアルに目に浮かぶので人物にも親近感がわき、大変に面白く読める一冊でした。それに、ライトノベルではなくてしっかりした文学作品だったので読みやすかった。作者の技量もなかなかです。
最近、図書館とか古書店とかを舞台にした、または本好きの話が多い気がします。ネット時代になって電子書籍も台頭してきた反動や、懐古的な気持ちみたいなものがあるのかもしれないと、思ってみたり。
書籍はデータ化もできるけれど、ことに物語については心の中で体験として拡がるものですから、本棚に並べて眺めたり、手に取って重さを感じたりと、実際に存在していることを感じられる方がより良いかと思います。本作で古本にまつわる物語や思い入れの強さを読めば、そんな思いがますます強くなりました。
できればこの作品は、電子書籍化してほしくないなぁと思います。
思えば私も、父が国語の教師で文学好きだったため、本がいっぱいの家で育ちました。作り付けの大きな書棚にはいろいろな全集ものから文庫本まで、家が傾くほどに詰まっていて、それが普通だと思っていました。もう一度読み返すかも、とか、値打ちが出るかも、ということではなくて、自分の読んだ本は取っておきたい、できれば見えるように並べておきたいというのが、読書家の習性だと思います。私もそのタイプです。
新しい家を建てて引っ越しするときに、亡父の本のほとんどと、自分の本のかなり多くを古本屋を呼んで処分しましたが、すごく寂しい想いでしたし、今になってもう少しとっておけば、などと悔いたりもします。(すでに今の家で置く場所もなくなっているのに)
本作は、読書家というよりは本に対する好事家の話という趣なので、多少感じ方は違うかもしれませんが、本には読んだ人の想いがこもると、そのことがよく描かれているので、本好きな人が選ぶ「本屋大賞」を受賞したことも至極当然と思われました。
さて、そんな本好きの心をしっかりとらえる本作、古書にまつわるウンチクは興味深く、それに関わる事件といった話もステキで、私も惹きつけられましたが、しかし。
やはり真の見所は、美人で頭がよいけれど内気で本のこと以外はコミュニケーション能力欠如という、リアルにいたら痛いけれどフィクションとしては非常に萌属性の高いヒロインの魅力。その他二人の女子高生たちもそれぞれキャラが立っていて好みでした。男性主人公の性格や行動にはイマイチ共感性にかけますが、いろいろ頑張っていたので好感が持てます。
結局は、登場人物への愛が本への愛着に直結するということで、多くの人に愛される=ベストセラーになる小説や漫画というものは、そこに尽きるのでしょう。本を読むことの動機として、ステキな体験(人によってはそれが恐怖や悲痛だったりもするわけで)を得たいということがあります。他に、知らない知識や考え方を得たいというようなこともあって、いろいろな本が生まれるわけですが、読者と作者の想いが重なる瞬間の幸福感はもう奇跡のようなものです。
前回のブログで「陽だまりの彼女」に苦言を呈してしまいましたが、物語として詰めが甘くても売れている理由が登場人物への愛とステキな体験なのだということは十分に理解できるわけです。「ビブリア古書堂の事件帖」は詰めもしっかりしているから安心です!
次の巻も既刊、その次の巻も予定されているようですので、古本屋に並ぶのを待つまでもなく、ぜひ新刊で読ませてもらおうと思っています。
三上延(メディアワークス文庫)
普段ならばライトノベル系文庫本のベストセラー作品というだけで、読むことなく終わるのでしょうが。最近、鎌倉を舞台にしたマンガとかアニメとか多くて、地元人間としてはそれだけでも楽しめたりするので、北鎌倉の古書店を舞台にした小説なら読んでみるかと、古本屋で手に入れました。
さて読んでみれば、鎌倉と聞いていたけれど、私にとってはもっと地元な大船を舞台にした話ではないか!と驚き。
店のある北鎌倉駅脇の道、山の中腹にある大船高校、健診を受けたことのある大船中央病院、買い物で通る主人公の家のあるあたり、前に住んでいたアパートに近い小袋谷の寺(ここだけ実際の地理とは違うように改変されてましたが)、などなど、お馴染みの場所だらけです。ちなみにこの本を買ったのも、病院と同じ街区にあるブックオフです。
いちいち情景がリアルに目に浮かぶので人物にも親近感がわき、大変に面白く読める一冊でした。それに、ライトノベルではなくてしっかりした文学作品だったので読みやすかった。作者の技量もなかなかです。
最近、図書館とか古書店とかを舞台にした、または本好きの話が多い気がします。ネット時代になって電子書籍も台頭してきた反動や、懐古的な気持ちみたいなものがあるのかもしれないと、思ってみたり。
書籍はデータ化もできるけれど、ことに物語については心の中で体験として拡がるものですから、本棚に並べて眺めたり、手に取って重さを感じたりと、実際に存在していることを感じられる方がより良いかと思います。本作で古本にまつわる物語や思い入れの強さを読めば、そんな思いがますます強くなりました。
できればこの作品は、電子書籍化してほしくないなぁと思います。
思えば私も、父が国語の教師で文学好きだったため、本がいっぱいの家で育ちました。作り付けの大きな書棚にはいろいろな全集ものから文庫本まで、家が傾くほどに詰まっていて、それが普通だと思っていました。もう一度読み返すかも、とか、値打ちが出るかも、ということではなくて、自分の読んだ本は取っておきたい、できれば見えるように並べておきたいというのが、読書家の習性だと思います。私もそのタイプです。
新しい家を建てて引っ越しするときに、亡父の本のほとんどと、自分の本のかなり多くを古本屋を呼んで処分しましたが、すごく寂しい想いでしたし、今になってもう少しとっておけば、などと悔いたりもします。(すでに今の家で置く場所もなくなっているのに)
本作は、読書家というよりは本に対する好事家の話という趣なので、多少感じ方は違うかもしれませんが、本には読んだ人の想いがこもると、そのことがよく描かれているので、本好きな人が選ぶ「本屋大賞」を受賞したことも至極当然と思われました。
さて、そんな本好きの心をしっかりとらえる本作、古書にまつわるウンチクは興味深く、それに関わる事件といった話もステキで、私も惹きつけられましたが、しかし。
やはり真の見所は、美人で頭がよいけれど内気で本のこと以外はコミュニケーション能力欠如という、リアルにいたら痛いけれどフィクションとしては非常に萌属性の高いヒロインの魅力。その他二人の女子高生たちもそれぞれキャラが立っていて好みでした。男性主人公の性格や行動にはイマイチ共感性にかけますが、いろいろ頑張っていたので好感が持てます。
結局は、登場人物への愛が本への愛着に直結するということで、多くの人に愛される=ベストセラーになる小説や漫画というものは、そこに尽きるのでしょう。本を読むことの動機として、ステキな体験(人によってはそれが恐怖や悲痛だったりもするわけで)を得たいということがあります。他に、知らない知識や考え方を得たいというようなこともあって、いろいろな本が生まれるわけですが、読者と作者の想いが重なる瞬間の幸福感はもう奇跡のようなものです。
前回のブログで「陽だまりの彼女」に苦言を呈してしまいましたが、物語として詰めが甘くても売れている理由が登場人物への愛とステキな体験なのだということは十分に理解できるわけです。「ビブリア古書堂の事件帖」は詰めもしっかりしているから安心です!
次の巻も既刊、その次の巻も予定されているようですので、古本屋に並ぶのを待つまでもなく、ぜひ新刊で読ませてもらおうと思っています。
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「陽だまりの彼女」越谷オサム(新潮文庫)を読みました。
平積みされていた文庫版をはじめて本屋で見かけたとき、表紙の絵にぐっと魅き付けられてしまいました。同じようにCDをジャケ買いしたことがありますが、西島大介さんの絵は本当に力がありますね。
その後しばらく経ってから買おうと思ったのは、読んだ人たちの感想を目にしたところから。恋愛小説として面白そうだし、記憶障害の話らしいし(「ef」みたいなのを少し期待して)、意外な結末ってどんなだろうと興味がわいて、すっかりベストセラーになってからですが、読んでみることに。
主人公ふたりの恋愛関係は恥ずかしくなるほどていねいに書かれ、思春期が初々しかったり、バカップルぶりが微笑ましかったり、不穏な展開にハラハラさせられたり、大きな喪失感にホロリとさせられたりと、まずは素直に面白く読めたのですが‥‥。なんでしょう、この読後の違和感。
読んでる途中にもしっくりこなかったのは、ヒロイン真緒のキャラクター。中学生の時、キャリアウーマンとして、つきあい始めの頃、結婚してから‥‥それぞれにとても魅力的に描かれているのですが、しっかりしていたり幼かったりと多面性がありすぎて一人の人間として統合されてないように感じられたためです。
実はそうしたキャラも設定のうち、そしてラストで明かされる事実が、たしかに驚きなのですが、物語全体の整合性を壊してしまったように思われ、なんかすごく残念でした。物語としては美しいハッピーエンドになっていて、深く考えなければ「あぁ良かったね」と感動して本を閉じられるのでしょうが、ハッピーエンドの先に継続する日々の幸せがまったく見えてきません。
実は恋愛小説でもなかった、ではここに書かれていたのはなんだろう? という疑問がアタマから離れないのです。
越谷さんは、ぜひともこの先の話を書くべきです。そして、納得させてほしいと思います。それができたら、名作だと、すごい作家だと称賛するでしょう。
作者さんでなくても、誰か納得させてください。
※ここからはネタバレありなので、既に読んだ人・読む予定のない人限定です。
○真緒の正体がそういうことなら、これは恋愛小説でも、純愛でも博愛でもないのではないか。萌えアニメならば、よくあるような設定ですし難しいことなしに楽しめるでしょう。性愛がなければ、種族を超えた純愛として読めるでしょう。でもこれは、何愛なのかな。
○13歳の少女として現れることができた(能力? 神頼みのようなもの?)なら、次も子猫ではなくて、26歳の人間として現れ続きの生活を送ることができたのではないか。無垢な子猫ではなく、記憶があるように描かれていたのでそう思ってしまいます。
○すべてをきれいさっぱり精算して消えることができたということは、そもそも13歳の時に現れてから里親を手に入れたり学校で二人だけ孤立し親密になれたことも、すべて真緒が計算高く因果律を操ったからではないか。それにしてはその後10年以上も会えず探していたのはおかしいんですよね。
○そもそも、同じ歳の異性として浩介の前に現れた動機がわからないので、真緒の心をどう考えたらよいのか。拾われ猫なんてたくさんいる中で、なにか特別な絆を感じることがあったみたいなエピソードが書かれていないのが原因なのですが。
○本の帯に記されているキャッチコピー、「恋(ウソ)」って、まさか読者を騙してしてやったり、ということではないですよね。(もしかしてコピーライターはそこまで考えてたかもしれないと、同業者の私は勘ぐってみたり)
ふだん、読んだ本のいいところだけ心に残して、ケチ付けるようなことはないのですが‥‥。
この本で感動した皆さんの感情を害したら悪いとも思いましたが、ベストセラーになっている作品ということもあり、どうも腑に落ちないので書いてしまいました。
なにか役立った方はclick願
平積みされていた文庫版をはじめて本屋で見かけたとき、表紙の絵にぐっと魅き付けられてしまいました。同じようにCDをジャケ買いしたことがありますが、西島大介さんの絵は本当に力がありますね。
その後しばらく経ってから買おうと思ったのは、読んだ人たちの感想を目にしたところから。恋愛小説として面白そうだし、記憶障害の話らしいし(「ef」みたいなのを少し期待して)、意外な結末ってどんなだろうと興味がわいて、すっかりベストセラーになってからですが、読んでみることに。
主人公ふたりの恋愛関係は恥ずかしくなるほどていねいに書かれ、思春期が初々しかったり、バカップルぶりが微笑ましかったり、不穏な展開にハラハラさせられたり、大きな喪失感にホロリとさせられたりと、まずは素直に面白く読めたのですが‥‥。なんでしょう、この読後の違和感。
読んでる途中にもしっくりこなかったのは、ヒロイン真緒のキャラクター。中学生の時、キャリアウーマンとして、つきあい始めの頃、結婚してから‥‥それぞれにとても魅力的に描かれているのですが、しっかりしていたり幼かったりと多面性がありすぎて一人の人間として統合されてないように感じられたためです。
実はそうしたキャラも設定のうち、そしてラストで明かされる事実が、たしかに驚きなのですが、物語全体の整合性を壊してしまったように思われ、なんかすごく残念でした。物語としては美しいハッピーエンドになっていて、深く考えなければ「あぁ良かったね」と感動して本を閉じられるのでしょうが、ハッピーエンドの先に継続する日々の幸せがまったく見えてきません。
実は恋愛小説でもなかった、ではここに書かれていたのはなんだろう? という疑問がアタマから離れないのです。
越谷さんは、ぜひともこの先の話を書くべきです。そして、納得させてほしいと思います。それができたら、名作だと、すごい作家だと称賛するでしょう。
作者さんでなくても、誰か納得させてください。
※ここからはネタバレありなので、既に読んだ人・読む予定のない人限定です。
○真緒の正体がそういうことなら、これは恋愛小説でも、純愛でも博愛でもないのではないか。萌えアニメならば、よくあるような設定ですし難しいことなしに楽しめるでしょう。性愛がなければ、種族を超えた純愛として読めるでしょう。でもこれは、何愛なのかな。
○13歳の少女として現れることができた(能力? 神頼みのようなもの?)なら、次も子猫ではなくて、26歳の人間として現れ続きの生活を送ることができたのではないか。無垢な子猫ではなく、記憶があるように描かれていたのでそう思ってしまいます。
○すべてをきれいさっぱり精算して消えることができたということは、そもそも13歳の時に現れてから里親を手に入れたり学校で二人だけ孤立し親密になれたことも、すべて真緒が計算高く因果律を操ったからではないか。それにしてはその後10年以上も会えず探していたのはおかしいんですよね。
○そもそも、同じ歳の異性として浩介の前に現れた動機がわからないので、真緒の心をどう考えたらよいのか。拾われ猫なんてたくさんいる中で、なにか特別な絆を感じることがあったみたいなエピソードが書かれていないのが原因なのですが。
○本の帯に記されているキャッチコピー、「恋(ウソ)」って、まさか読者を騙してしてやったり、ということではないですよね。(もしかしてコピーライターはそこまで考えてたかもしれないと、同業者の私は勘ぐってみたり)
ふだん、読んだ本のいいところだけ心に残して、ケチ付けるようなことはないのですが‥‥。
この本で感動した皆さんの感情を害したら悪いとも思いましたが、ベストセラーになっている作品ということもあり、どうも腑に落ちないので書いてしまいました。
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「さよならドビュッシー」中山七里(宝島社)
※読書感想についいては、なるべくネタばれを避けるようにしています。
続編であった「おやすみラフマニノフ」が、ミステリーよりも音楽小説としての創造的な面白さにあふれていたのに対し、本作は苛酷なまでの主人公である少女の境遇を描いたミステリーに付随しての音楽、という印象です。『このミステリーがすごい!』大賞受賞作ということですが、ふだんミステリーというジャンルに馴染みが薄い私としては、前後逆順で読んで良かったと思っております。
もちろんドビュッシーも、音楽に対する熱い愛情と深い造詣にあふれていて、音楽家を目指す者の姿勢のこと、ピアノの奏法のこと、コンクールのことなど、門外漢からすれば興味深いこと多く、満足度の高いものでした。それ以上に、ラフマニノフにもありましたが医学的なことや事件性の方が前面に出ていたということです。ミステリー作品として高い評価を受けた理由がわかります。
いや、作者自身は楽器演奏などしない方らしいのですが、それでも好きだから単に知識でなく感覚として理解できる、ということなのではないかと想像するところです。または、医学への関心の高さから、情報収集や分析力に優れた人なのか…どうあれ、作品が素晴らしければ良いわけですが。
作者の素晴らしいところは、ラストに向かって音楽で盛り上げ、事件の謎もしっかりと(動機となった人の感情も含め)納得いくように丸め込んでいく、綿密に練られたバランスの良さです。投稿作であったドビュッシーと、それが評価を得てからのラフマニノフで作品の志向性を変化させたところにも、作家としての才を感じます。
主人公の少女には、生き続けること、自我を保ち続けること、音楽を続けることへの極限のできごとが次々と襲ってきますが、それに立ち向かう少女の強さ、立ち向かうしかないのだけれど哀しみなどの感情を抱きながらも逃げることのない姿には、痛ましさを感じるほどに感動も大きく。その中で一人の音楽家が誕生していく過程があり、楽曲が本当に聴こえるように言葉で描かれ音に包まれるほどに感動は深く。
これがライトノベルであれば、「ピアニスト探偵・岬陽一の事件簿」みたいなサブタイトルが付きそうですが、そんなにエンタテイメント寄りでなく、しっかりと人間の人生を描いているのが重厚な読み応えです。
リアリティがないという読者感想もネットでいくつか見受けましたが、人間の感情の複雑さを考えれば、それぞれの登場人物たちの行動の動機も十分に受け入れられるものでしたし、時に事実は小説よりも奇なりという言葉のとおり、偶然の重なりや奇跡のようなことも現実には多いのです。小説とはいかにリアルを追求してもファンタジーである、しかし読んだ人によってはリアルに変換される、そうした面白さの中で読むべきものだと私は思っています。まぁ、岬陽一の完璧すぎるところがリアリティないなとは思えますが。
※読書感想についいては、なるべくネタばれを避けるようにしています。
続編であった「おやすみラフマニノフ」が、ミステリーよりも音楽小説としての創造的な面白さにあふれていたのに対し、本作は苛酷なまでの主人公である少女の境遇を描いたミステリーに付随しての音楽、という印象です。『このミステリーがすごい!』大賞受賞作ということですが、ふだんミステリーというジャンルに馴染みが薄い私としては、前後逆順で読んで良かったと思っております。
もちろんドビュッシーも、音楽に対する熱い愛情と深い造詣にあふれていて、音楽家を目指す者の姿勢のこと、ピアノの奏法のこと、コンクールのことなど、門外漢からすれば興味深いこと多く、満足度の高いものでした。それ以上に、ラフマニノフにもありましたが医学的なことや事件性の方が前面に出ていたということです。ミステリー作品として高い評価を受けた理由がわかります。
いや、作者自身は楽器演奏などしない方らしいのですが、それでも好きだから単に知識でなく感覚として理解できる、ということなのではないかと想像するところです。または、医学への関心の高さから、情報収集や分析力に優れた人なのか…どうあれ、作品が素晴らしければ良いわけですが。
作者の素晴らしいところは、ラストに向かって音楽で盛り上げ、事件の謎もしっかりと(動機となった人の感情も含め)納得いくように丸め込んでいく、綿密に練られたバランスの良さです。投稿作であったドビュッシーと、それが評価を得てからのラフマニノフで作品の志向性を変化させたところにも、作家としての才を感じます。
主人公の少女には、生き続けること、自我を保ち続けること、音楽を続けることへの極限のできごとが次々と襲ってきますが、それに立ち向かう少女の強さ、立ち向かうしかないのだけれど哀しみなどの感情を抱きながらも逃げることのない姿には、痛ましさを感じるほどに感動も大きく。その中で一人の音楽家が誕生していく過程があり、楽曲が本当に聴こえるように言葉で描かれ音に包まれるほどに感動は深く。
これがライトノベルであれば、「ピアニスト探偵・岬陽一の事件簿」みたいなサブタイトルが付きそうですが、そんなにエンタテイメント寄りでなく、しっかりと人間の人生を描いているのが重厚な読み応えです。
リアリティがないという読者感想もネットでいくつか見受けましたが、人間の感情の複雑さを考えれば、それぞれの登場人物たちの行動の動機も十分に受け入れられるものでしたし、時に事実は小説よりも奇なりという言葉のとおり、偶然の重なりや奇跡のようなことも現実には多いのです。小説とはいかにリアルを追求してもファンタジーである、しかし読んだ人によってはリアルに変換される、そうした面白さの中で読むべきものだと私は思っています。まぁ、岬陽一の完璧すぎるところがリアリティないなとは思えますが。
「盤上のアルファ」塩田武士(講談社)
子どもの頃、日曜日の昼時になると父がNHK教育テレビで将棋〜囲碁番組を見ていました。秒読みの間延びしたような声と、時折り駒や石を盤に打つパチッという音に、なんとも気だるい感を覚えていたものです。私も父から手ほどきくらいは受けましたが、素人から見れば(子どもでしたし)、そんなのんびりとした世界ですよね。
しかしその陰には、棋士たちのそれこそ命がけの闘いがあるのだと、本作品は気づかせてくれます。「ヒカルの碁」や「3月のライオン」といった、囲碁・将棋の世界を題材にしたマンガでも感じられていたことですが、本作は将棋しか能のない男の本当に生死に関わるほど切羽詰まった姿を描くことで、勝負師としての厳しさが息苦しいまでにヒシヒシと伝わってくるのでした。
塩田武士氏の作品を読むのは「女神のタクト」に続いて2作目で、書かれた順序から逆となりましたが、かえって良かったかもしれません。女性主人公で(ひどい性格でしたが)音楽ものの「女神」と、むさ苦しく(しかもひどい性格の)中年男たちが主人公の将棋ものでは、前者の方がとっつきやすいのは明らかです。
しかし両作ともに、まともな性格の人物は出てこないという、それだけでも個性的な話になるところに、音楽や将棋という興味深い題材を掘り下げながら、多方向に物語の伏線を張り読ませていくので、とても刺激的な体験をもたらしてくれます。
作者は元新聞記者ということで、観念的な描写よりも客観的に対称を描いていくことが得意なようです。それが、登場人物への感情移入ではなくて、体験として感じられる要因なのでしょう。
厳しいネタ争いを繰り広げる新聞記者の世界からはじまって、常に勝負に生き続けなければならない棋士の世界、今でも極貧にあえぐ生活をしている人達の世界、男女の情の世界、ついでにオオカミの世界などをうまく絡み合わせた小説ですが、どちらを向いてもしっかりとした面白さがありました。
一番の見所は、プロ棋士になるしか生きる道のない真田という男の生きざまなのですが、人間的な魅力など微塵も感じられないように描かれた男を、最後は応援しほっと安堵させられてしまう、心に滲みる小説だったと思います。
子どもの頃、日曜日の昼時になると父がNHK教育テレビで将棋〜囲碁番組を見ていました。秒読みの間延びしたような声と、時折り駒や石を盤に打つパチッという音に、なんとも気だるい感を覚えていたものです。私も父から手ほどきくらいは受けましたが、素人から見れば(子どもでしたし)、そんなのんびりとした世界ですよね。
しかしその陰には、棋士たちのそれこそ命がけの闘いがあるのだと、本作品は気づかせてくれます。「ヒカルの碁」や「3月のライオン」といった、囲碁・将棋の世界を題材にしたマンガでも感じられていたことですが、本作は将棋しか能のない男の本当に生死に関わるほど切羽詰まった姿を描くことで、勝負師としての厳しさが息苦しいまでにヒシヒシと伝わってくるのでした。
塩田武士氏の作品を読むのは「女神のタクト」に続いて2作目で、書かれた順序から逆となりましたが、かえって良かったかもしれません。女性主人公で(ひどい性格でしたが)音楽ものの「女神」と、むさ苦しく(しかもひどい性格の)中年男たちが主人公の将棋ものでは、前者の方がとっつきやすいのは明らかです。
しかし両作ともに、まともな性格の人物は出てこないという、それだけでも個性的な話になるところに、音楽や将棋という興味深い題材を掘り下げながら、多方向に物語の伏線を張り読ませていくので、とても刺激的な体験をもたらしてくれます。
作者は元新聞記者ということで、観念的な描写よりも客観的に対称を描いていくことが得意なようです。それが、登場人物への感情移入ではなくて、体験として感じられる要因なのでしょう。
厳しいネタ争いを繰り広げる新聞記者の世界からはじまって、常に勝負に生き続けなければならない棋士の世界、今でも極貧にあえぐ生活をしている人達の世界、男女の情の世界、ついでにオオカミの世界などをうまく絡み合わせた小説ですが、どちらを向いてもしっかりとした面白さがありました。
一番の見所は、プロ棋士になるしか生きる道のない真田という男の生きざまなのですが、人間的な魅力など微塵も感じられないように描かれた男を、最後は応援しほっと安堵させられてしまう、心に滲みる小説だったと思います。
「女神のタクト」塩田 武士(講談社)の感想です。
本屋に平積みされていて表紙絵と帯書きに魅かれ買いましたが、なんとなく想像していたのとは違う、パワフル(というか凶暴)な三十路ヒロインが主人公の、でも期待以上に面白い音楽小説でした。
なにより、美女のバイオレンスに引っ張られて行く男たちの姿が滑稽にして痛快。それ以上にアクの強い人物たちも多く、彼らの人生も含めて互いに絡み合うだけで物語が躍動します。
もちろん、オーケストラを舞台にした本格的な音楽の現場描写を核にした、ダイナミックなストーリー展開があってこそなのですが。オケという特殊な世界、それを一つの楽器として自分の演奏をする指揮者という存在も興味深いのですが、本作ではその裏方にスポットを当てていてさらに深く。
そういえば、大学の同じゼミの同級生でオーケストラのスタッフをやっている女性がいて、そのままそこに就職していましたが、運営が大変だということは聞いていました。彼女とこの主人公はまったく違うタイプだと思いますが、大変だけどやりがいがある、その人に合っている職業に出会えたのは幸せなことと言えるでしょう。
さて、今年読んだ中山七里「おやすみラフマニノフ」に続き、本作もクライマックスで演奏されるのはラフマニノフのピアノ協奏曲。いかにもロシアの作曲家らしい重厚にしてきらびやかな曲は、ドラマを盛り上げるのに格好の題材といえます。たとえばモーツアルトの音楽では役不足でしょうね。
最強ヒロインのキャラクターと大胆な行動に圧倒されますが、大人の物語ならではのセンチメンタルが、深く心に滲みてきます。ラストで明かされる運命的な出会いのはなしだけは蛇足にも思えましたが、全体としてとても満足感のある作品でした。
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本屋に平積みされていて表紙絵と帯書きに魅かれ買いましたが、なんとなく想像していたのとは違う、パワフル(というか凶暴)な三十路ヒロインが主人公の、でも期待以上に面白い音楽小説でした。
なにより、美女のバイオレンスに引っ張られて行く男たちの姿が滑稽にして痛快。それ以上にアクの強い人物たちも多く、彼らの人生も含めて互いに絡み合うだけで物語が躍動します。
もちろん、オーケストラを舞台にした本格的な音楽の現場描写を核にした、ダイナミックなストーリー展開があってこそなのですが。オケという特殊な世界、それを一つの楽器として自分の演奏をする指揮者という存在も興味深いのですが、本作ではその裏方にスポットを当てていてさらに深く。
そういえば、大学の同じゼミの同級生でオーケストラのスタッフをやっている女性がいて、そのままそこに就職していましたが、運営が大変だということは聞いていました。彼女とこの主人公はまったく違うタイプだと思いますが、大変だけどやりがいがある、その人に合っている職業に出会えたのは幸せなことと言えるでしょう。
さて、今年読んだ中山七里「おやすみラフマニノフ」に続き、本作もクライマックスで演奏されるのはラフマニノフのピアノ協奏曲。いかにもロシアの作曲家らしい重厚にしてきらびやかな曲は、ドラマを盛り上げるのに格好の題材といえます。たとえばモーツアルトの音楽では役不足でしょうね。
最強ヒロインのキャラクターと大胆な行動に圧倒されますが、大人の物語ならではのセンチメンタルが、深く心に滲みてきます。ラストで明かされる運命的な出会いのはなしだけは蛇足にも思えましたが、全体としてとても満足感のある作品でした。
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プロフィール
HN:
つばめろま〜な
性別:
男性
趣味:
絵・音・文・歩
自己紹介:
長年、同人誌で創作漫画を発表してきましたが、本当は小説が主な表現手段。職業はコピーライターで、趣味は楽器を鳴らすことなど。
下記に作品等アップ中です。よろしくお願いします!
■マンガ作品 COMEE
http://www.comee.jp/userinfo.php?userid=1142
■イラスト作品 pixiv
https://www.pixiv.net/users/31011494
■音楽作品 YouTube
https://www.youtube.com/channel/UChawsZUdPAQh-g4WeYvkhcA
■近況感想雑記 Facebook
https://www.facebook.com/profile.php?id=100005202256040
下記に作品等アップ中です。よろしくお願いします!
■マンガ作品 COMEE
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